(以下なんとなく書いた短編小説です、暇潰しにでも)
夜の大学に入るのはこれが初めてだ。
四月の後半といえども、夜はまだ寒い。冷たい風で、一瞬体がギュッとなった私に気づいた彼は、自分の上着を私の肩に掛けてくれた。上着を脱いだ細身の身体にネックレスが揺れる。
大学の敷地内に入るのは、驚くほど簡単だった。彼は堂々と正門に行き、一言二言、警備員さんと話すと、気づいた時には私も門の内側にいた。「そんなあっさり入れてくれるものなの?」と尋ねると、「一回財布忘れて取りに来た時になんか気に入られちゃったんだよね。」、と彼は答えた。禁煙のキャンパス内を、タバコを片手に私の数歩先を歩く。
誰にでも好かれ、友達も多い彼は、私の憧れでもあり、同時に嫉妬の対象でもあった。そのことを私は決して口にしなかったけれど、頭の良い彼はきっと勘づいていたはずだ。絵に描いたような不器用さと生きづらさを抱えた私は、どう考えても彼とは正反対の世界の住人だった。そう自覚をするたびに、彼がますます輝いて見え、自分にますますうんざりする。でもそんなグラグラな私を救ってくれるのは、私を混乱させている張本人でもあった。私が彼に抱いている気持ちは、恋なんかの一文字では片づけられない、もっと苦くて愛おしい、もっと大きい何かだ。泣き出したい気持ちと、彼を抱きしめたい感情が、いつも私の中を交差する。
ふと私の数歩先を歩いていた彼の足が止まる。顔を上げると、タバコを持った左手を私の方に突き出している。「吸わないよ」と言うと、今度は何も持っていない右手を私に差し出した。静まりかえっているキャンパス中に、私の鼓動が響いている気がする。その時初めて、彼が夜の大学に私を連れてきた理由がわかった。誰もいない、静寂に包まれた空間なら、私は自分を誰とも比べず彼の横に並べる。彼がいつも数歩先にいたのは、私がわざと並ぼうとしていなかったからかもしれない。彼ほど輝く勇気も自信もないが、暗闇ならそんな不安も誤魔化せる。夜が明けてからのことは、後で考えればいい。私は差し出された彼の手を掴み、ほんの少し強く握った。
(今日のタイトル: easy/Troye Sivan)
:)
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