昨日の朝、おばあちゃんが亡くなりました。土曜の夜に一回心肺停止で病院に駆けつけて、日曜は持ち直したんやけど、昨日の朝5時過ぎに電話あって家飛び出して病院に行きました。それから2時間くらいは頑張ってくれたけど最後は眠るように息を引き取りました。すごく苦しそうだったから、やっときつい病気から解放されてよかった。本当にずっときつかったと思う。あんまりそんな素振りは見せなかったけど。でも、後悔しないように行動してたはずなのに、こういう状況になると出来なかったことが頭に浮かぶ。もうほとんど歩けなくなって部屋でこけてしまった時、私しか家にいなくて、でも私の力じゃ立ち上がらせられなくて、おばあちゃんと2人で床に座ったまま誰か帰ってくるの待って情けなかったこととか、いくらマッサージしても脚のむくみを取ってあげられなかったこととか、もしあれができてたらおばあちゃんは元気やったかもしれないとか思ってしまう。きっとほとんど関係ないことなんだろうけど。病気で強い薬とかずっと使ってたせいで体の色も変わってたし腫れてたりで可哀想だったから、昨日のうちにお通夜してお葬式してもう全部終わらせました。怒涛のスケジュールで何が何だか分からず、親戚とか色んな人に挨拶したりしないといけないから気も張ってたんかな、常識範囲で泣くだけやったのに、家帰って部屋で1人になった途端、涙止まらんくなって泣きすぎてしんどくなった。無理苦しい、ってなったからさっきサンドイッチマンと和牛のネタYouTubeで見てちょっと落ち着いた(笑)気が済むまで泣いたらあとは前向きに考えられるからいいと思うんやけど、もうおらんのやなって思うと辛い。何でみんな死んで悲しい思いするんに生き続けるんやろって思う。何のために生きんといけんのやろね。きっとちゃんと理由があって、お経でもそういうこと言ってたと思うんやけどそんなのまだ考えたくない。寂しい、それだけ。こんなとこに書くことじゃないかもしれんし、書いたところでおばあちゃんが戻ってくるわけでもないけど、吐き出すために書いてる。しんどい、無理。ほぼ毎日お見舞いに行って、病気が進行する過程をずっと見て、それでも頑張ってリハビリに行くおばあちゃんに靴履かせてあげて見送ったりとかして、そういう細かい思い出というか出来事が多すぎて、もうそういうことができないんや、って改めて思うと吐きそうになる。思い出は消えないけど分かってるけど、もうできない、っていう事実が辛すぎる。最後に触ったおばあちゃんが冷たすぎて、1週間前には私の顔見て笑ったりしてくれてたのに、一瞬で石みたいになってしまって、ああ何なんやろ人間って、儚いし皆こんな固まってしまうんやと思って辛かった。死なずに一生生き続けるのも絶対しんどいけどでも今はやっぱりまだ一緒にいてほしかった。寂しい。写真とか、おばあちゃんの物とか見ると気が狂いそうになる、胸が痛い本当に痛い。とりあえず今は寂しくてたまらない、早く復活したい。ありがとう、の気持ちが大きくなって涙が止まるまで、まだ時間がかかりそう。日付変わると余計病むから、適当にお笑い見て寝た方がいいね。明日は少し元気になってますように。おやすみなさい
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