「芝居の方はどうだい?」
「さあどうかしら。私はもう芝居に出ていないから。辞めたの。
私は辞めちゃったの。ただそれだけ。
だんだんみっともない気持ちになってきたのよ。自分がいやらしい、ちっぽけなエゴむき出しの人間になっていくみたいで。」
「君は自分が天才だと思っているわけ?」
「私にわかるのは、私の頭がまともじゃなくなりかけているってことだけ。
私はただ、溢れまくっているエゴにうんざりしているだけ。私自身のエゴに、みんなのエゴに。どこかに到達したい、何か立派なことを成し遂げたい、興味深い人間になりたい、そんなことを考えている人々に私は辟易しているの。
私は人と競争することを怖がっているわけじゃない。まったく逆のことなの。それがわからないの?私は自分が競争心を抱くことを恐れているの。それが怖くてしかたないわけ。だから私は演劇科を辞めちゃったの。私はまわりの人たちの価値観を受け入れるように、ものすごくしっかり躾けられてきたから、そしてまた私は喝采を浴びるのが好きで、人々に褒めちぎられるのが好きだからって、それでいいってことにはならないのよ。そういうのが恥ずかしい。そういうのが耐えられない。自分をまったくの無名にしてしまえる勇気を持ちあわせていないことに、うんざりしてしまうのよ。」
franny and zooey -J.D.Salinger
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