(以下なんとなく書いた短編小説です、暇潰しにでも③)
折れた。崩れた。割れた。
心が傷ついた時の表現として、適切な言葉は何だろう。
クラス全員に無視されて二ヶ月が経った。こうも他人に存在を消されると、自分という人間はもはや生きていないのではないかと思えてくる。では、世間一般に言われているいじめのような、机の中身を捨てられたり、グループLINEに晒し上げられたり、そういった扱いの方が良いかと聞かれると、それにもイエスとは答えられない。私は皆のおもちゃになるか、人間としての尊厳を奪われるか、どちらかの選択肢しか与えられず、仕方なく後者を選んだ。
高校生活も残りわずか。このゲームを終えるには、ただ黙って日々を過ごせばいい。そんなのは分かっているのに、私は時々とんでもない空想に耽ることがあった。例えば授業中に机をいきなり倒してみる。例えば黒板にいきなり下品な言葉を書いてみる。そんなことをする勇気が自分にないことは分かっていたが、どこかで一発逆転を狙っている自分もいた。でも表向きはひたすら息を潜めて学校生活を送った。その方が、ゲームはスムーズだ。
夏空が転校してきたのは七月のことだった。夏空と書いて「そら」と読ませるそれは、彼の雰囲気を表しているようで、”名前がその人を作る説”を私はその時信じた。でも転校生が来ようが来まいが私には関係ない。だって私はいない人間なんだから。
ただでさえ、転校生は珍しいのに、その見た目も相まって夏空は女子にも男子にも好かれた。私は彼らの会話を聞いて日々を過ごした。ある日、夏空が私の名前を出しているのを耳にしたが、他の女子が「あの子は一人が好きな子なの」と言って会話を片付けた。私は聞こえていないフリをしていつもどおり、目線を落とした。
放課後になると、私は決まって学校のトイレで吐いた。一度吐いてしまってから儀式化してしまい、人のいない校舎を狙ってトイレの床に跪いた。酔った父親が「吐いたら楽になるんだ」と言うのを耳にしてから、私は楽になるために指を喉奥に突っ込むことを繰り返していた。
ある日、いつもどおり放課後に校舎内をふらついていると、後ろから夏空に声をかけられた。転校生の夏空にはまだ私が見えているらしい。久しく人と話していない私は、どう振る舞っていいか分からず、声をかけられて思わずひるんだ。その様子が夏空にとって面白かったらしく、綺麗な顔をぐしゃりと歪ませて笑った。夏空は、私が口を開かないのも気にせず、自分のことをひたすら話した。毎日図書室に寄っていること、小学生の妹がいること。笑顔の絶えない夏空は、名前のとおり夏のような空気を纏っていて、私は今が七月だったことを思い出した。
この二ヶ月で目立たない方法を心得た私は、夏空とクラスで話すようなことはしなかった。夏空もそれを分かっていて、私に話しかけるのは決まって放課後だけだった。胸に詰まった塊を文字どおり吐き出すためだけの時間は、夏空との時間に変わった。初めて私が言葉を発した時の夏空の喜びようには思わず笑ってしまい、私は自分が学校という場所で笑えたことに驚いた。
スムーズに終わらせるはずだったゲーム。一発逆転の可能性を賭けてみたくなっている。
跳ねた。疼いた。溶けた。
心が傷ついた時の表現を探していた私は、今は違う感情の言葉を探し続けている。この感情が、間違いでないことを祈りながら。
(今日のタイトル: she’s my religion/Pale Waves)
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